大判例

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大阪高等裁判所 平成8年(行コ)35号 判決

控訴人 村上学

被控訴人 国 ほか一名

代理人 河合裕行 足立英幸 ほか四名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

被控訴人らは、控訴人に対し、各自、六〇万円及び被控訴人国については平成七年一〇月二四日から、被控訴人兵庫県については同年同月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  被控訴人国の本案前の答弁

(一) 原判決中、被控訴人国に関する部分を取り消す。控訴人の被控訴人国に対する本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

2  被控訴人らの本案に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表六行目の「(被告らの主張)」を「(被控訴人国の主張)」と、同七行目の「原告の請求は、」を「控訴人の被控訴人国に対する本訴請求は、」とそれぞれ改める。

2  同四枚目裏七行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。

「したがって、供託官が供託者からの供託物取戻請求を理由がないと認めて却下する行為は行政処分であり、供託者は、右却下処分が権限のある機関によって取り消されるまでは供託物を取り戻すことができないというべきである(最高裁判所昭和四五年七月一五日大法廷判決民集二四巻七号七七一頁参照)。」

3  同五枚目表三行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、供託官には選挙供託制度が憲法に違反するか否かの審査権限がないと主張するが、供託官は、例えば当該制度ないし類似の制度について違憲との判例がある場合など状況いかんによっては違憲審査権限を行使することもあり得ると考えられるところである。控訴人の主張によれば、供託物の取戻請求をする者は、供託の無効原因として供託原因の違憲を主張しさえすれば、供託官の行政処分の取消を求める抗告訴訟によることなく、直ちに供託物の取戻を求める訴訟を提起し得ることになり、供託官に供託物取戻請求についての審査権限を与えた法の趣旨を没却することになるといわざるを得ない。又、本件について、請求者に供託物取戻手続を採るように要求することが請求者に多大の負担を課することになって酷であり、供託官の不利益処分を受けた後これに関する訴訟で争うことによっては重大な損害を被るおそれがあるといった事情も認められない。」

4  同六枚目表六行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「以上の主張を敷衍すると次のとおりである。

(一)  選挙供託制度の目的

自由かつ公正な選挙を行うことは公職選挙制度の目的であって、選挙供託制度の目的ではない。被控訴人らの主張からすれば、選挙供託制度は、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名等の目的を有する者を不正の目的を保持する者としてその立候補を防止、抑制ないし制限するための制度であるということになる。しかし、候補者が真面目に選挙運動を行うか否かの内心の意思は、通常は立候補届出時には判明せず、仮にこれを特定の者に判定させる場合には、恣意的な主観に陥ることになって合理的な判定が不可能である。右のような不正の目的を持っているというだけで、事前に候補者から排除することは、内心の意思に基づき参政権の行使を制限するものであって許されない。選挙供託制度は、その制度目的からみて、候補者が内心に不正の目的を有することをもって立候補を事前に規制するものであり許されないのである。

(二)  選挙供託制度の不必要性

選挙の妨害や売名等の不正な目的を有する者の立候補を事前に規制するために選挙供託制度を存置する必要性はない。

選挙人団の判断は健全であって、選挙の妨害や売名等の行為をする候補者がいたとしても、およそ政治的主張を伴わない罵詈雑言の類や選挙と無関係な売名、宣伝行為によって投票行為に影響されることはない。内心に選挙の妨害や売名等の不正な目的を持ち、かつそれを表明した者であっても、立候補を許し、選挙妨害行為についてのみ規制し、当落を選挙人団の審判によって決することにすればよいのである。

法は、選挙妨害行為について、詳細な行為態様を規定して禁止し、罰則まで設けている(法二二五条)。この他に不正の目的を保持して立候補した者が行いうる不正行為が想定できるのであれば、その行為態様を禁止事項或いは罰則規定として法に追加すれば足りることであり、立法技術的に容易なことである。

選挙供託制度は、選挙妨害行為の規制を超えて立候補そのものを制約するものであるから、必要最小限度の規制を超えているものである。

(三)  選挙供託制度の不合理性

選挙の公正を維持するために何らかの規制が必要であるとしても、選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を理由に立候補を規制することは、思想及び良心の自由に関わる問題であるから、それよりも選挙の妨害や売名等の行為自体を規制する方が基本的人権におけるより制限的でない規制を選択することになり、いわゆるLRA基準に合致するものである。仮に、事前規制が必要であるとしても、不正な行為に対する規制をもってすべきであり、内心の不正な目的があることをもって規制することは許されない。

不正な目的という人の内心に属する事項を、これとは全く無縁の供託という経済的指標で判定することは矛盾である。供託させるとしても、他人の選挙の妨害や売名行為などをせず不正の目的の保持者でないことが選挙を通じて明らかになったときには、選挙後に供託金を返還すれば被控訴人らの主張でも制度目的が達成されたことになる筈である。法定得票数という制度目的と無関係の要素によって供託金の返還の許否を決定することは矛盾である。例えば、選挙の妨害や売名などの不正の目的がなく、選挙運動期間中そのような行為を行わなかった候補者が法定得票数の得票を得られずに供託金を没収され、右の目的を持ち選挙運動期間中にその行為をした候補者が法定得票数を超える得票を得たときは供託金の返還を受けられる結果となり極めて不合理である。右のとおり選挙供託制度は、制度目的と効果との間にずれがあり致命的な欠陥である。

(四)  選挙供託制度の沿革からみた実際的意味の不存在

(1) 選挙供託制度は、大正一四年の衆議院議員選挙法の改正により、二五歳以上の生活困窮者を除くすべての男子に選挙権が与えられた際に、同時に導入された制度である。同法の改正により昭和三年から行われた衆議院議員選挙は、普通選挙とうたわれているが、婦人と生活困窮者の選挙権を一律に否定した点で制限選挙であることに変わりはなく、いわば緩和された制限選挙にすぎなかった。そして、当時の政府は、同法の改正による有権者数の急増により、国体の変革と私有財産制の否認を目的とする結社や運動が急増することを恐れて治安維持法を成立させた。選挙供託制度は、当時の政府が衆議院議員選挙法の改正による有権者の急増による悪影響と弊害を除去しようとして立候補制限を目的として導入したのであって、治安維持法を選挙面から支える補強制度として発足したのである。

府県議会議員選挙についても、大正一五年の府県制の改正により選挙供託制度が導入されたが、その導入の前提となる立法事実と立法目的等に関する実情は全く右と同様であった。

このように選挙供託制度は、無産者に対する政治的弾圧を目的として導入されたもので、以来一度も廃止されたことがないから、その政治的弾圧という目的を現在も継続していることに疑いない。

このような立法事実と立法目的によって導入された選挙供託制度が沿革とは異なる制度目的に変更されたことはなく、現在においてもなんらの制度的変革なく承継されているのであって、現憲法下で許容されないことは明らかである。

(2) 大正一四年の衆議院議員選挙法の改正で導入された選挙供託制度の目的は、真に当選を争う意思がなく、単に選挙の妨害や売名等を目的にするにすぎない候補者の濫立を抑止し、自由かつ公正な選挙の実現を期することにあるのではなかった。当時このような弊害の生じる情況は存在せず、仮にそれが危倶されたとしても、それまでの選挙の実例からして現実のものではなかった。

立候補しようとする無産者に財貨の供託を強要することは、無産者からの立候補をしにくくするものであり、公平な参政権の実現を阻害するものである。選挙供託制度は、無産者の参政権の行使を阻害するところに実際的な意味があったのである。

現在において、選挙供託制度を廃止すれば、立候補者が急増することは容易に推測しうることであり、選挙供託制度の廃止により立候補者が急増することを濫立と称し、急増する立候補者を真に当選を争う意思がなく、単に選挙の妨害や売名を目的にするにすぎない候補者であると一律に否定的な評価を加えることは、治安維持法制定当時の政府の思考そのものであり、現憲法下で容認されないものである。

(五)  選挙供託制度の下における参政権の侵害

(1) 控訴人が、本件選挙で不本意な得票数に終わった最大の原因は、定員二名のところ、控訴人を含めて四名の立候補があったのに、日刊新聞紙に控訴人のみを排除して他の三名の候補者を顔写真入りで紹介するなど、差別的選挙報道による不公正な取扱いがなされたためであり、その結果、控訴人の得票数が法九三条一項三号の法定得票数にも達しなかったのである。このようにマス・メディアによる選挙報道でさえ参政権の侵害となるものがあるが、選挙供託制度は、少得票候補者を予測して泡沫候補という名称を貼ってその立候補を防止するための制度であり、有権者の投票による判定を待たずに事前に立候補を規制するものであって、参政権の行使を侵害するものである。

(2) 平成六年の法の改正によって、選挙供託の金額が一律に五割増額され、県議会議員選挙に立候補するには、改正前は四〇万円の供託で足りたものが、改正後は六〇万円の供託を要することになった。しかし、供託金の一律五割増額を正当化しうる立法事実は一切存在せず、一挙に六〇万円に増額されたことの合理性はない。金のかからない選挙制度を目的としているというのに、立候補の制限を意図して没収を伴う選挙供託額を一律に五割増額させたのは、参政権の行使に対する不当な侵害である。

(六)  選挙供託制度と選挙公営制度との不可分性

本件選挙については、兵庫県議会議員及び兵庫県知事の選挙における選挙運動用自動車の使用及び選挙運動用ポスターの作成の公営に関する条例(平成五年兵庫県条例第二八号)が適用され、候補者が平等に扱われていない。控訴人は、法定得票数に満たない得票のため、ポスターなど印刷物の作成費、選挙用自動車のガソリン代等について、選挙公営制度における補助が受けられなかった。このように、選挙公営と選挙供託制度とは一体不可分のものとして、共に法定得票数に満たない得票の候補者を差別し、選挙における弱者を経済的負担と公金助成支出の両面から不合理に差別する制度であって、法の下の平等を定めた憲法一四条一項に違反しているものである。

(七)  選挙供託制度と政党助成法の制定・公職選挙法の改正

一般に、国政及び地方自治の参政権に関する公費助成は、立法政策の問題であって、憲法問題ではないが、それは参政権の行使(選挙)の助成であって、被選挙人の助成に限られるべきである。参政権行使の結果である当選人の助成であってはならない。ところが平成六年に制定された政党助成法は、当選人の所属する特定政党に対する公費助成を意味しており、一般的な被選挙人の助成ではない。政党は、その目的及び活動範囲が国政のみか地方自治のみか、その双方を含むかによって態様に相違があるのに、国政選挙における当選人及び一定の当選人を出した政党にのみ、事後的にその選挙の活動費その他及びその後の活動費を含めて公費による助成を行うもので、実質的には当選報奨金である。これは、国政政党と地方政党を差別し、特定政党とその他の政党・政治団体とを差別し、当選者と落選者を差別し、明らかに法の下の平等に違反している。

又、政党助成法による政党交付金は、当選者に対してその所属政党を経由した当選報奨金であるから、特別の歳費である。そうであれば、政党交付金の交付を受けない無所属議員等の歳費を受ける権利を差別して侵害していることになる。反面、当選報奨金が受給される議員には、直接に支給されず、所属政党が受領するから、政党による議員の歳費受給権の侵害でもある。

近年の政治改革は、衆議院議員選挙における確認団体制度の廃止、選挙運動期間の短縮、小選挙区制度への改正、選挙供託金の増額、政党助成法の制定をもって終息したのである。

こうして、平成六年の法の改正は、小選挙区制度と既成政党への政党助成を基盤にして、選挙供託制度や選挙運動の制限を組み立て、参政権の閉塞的状況を法制度的に確立したものである。

(八)  まとめ

以上のとおり、選挙供託制度の目的、不必要性、不合理性、沿革からみた実際的意味の不存在、参政権の侵害、選挙公営との不可分性、法改正の経緯・政党助成法の制定などからみて、選挙供託制度は違憲であり、真に自由かつ公正な選挙を実現するには、選挙供託制度を廃止するほかないのである。

第三争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目表一〇行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。「被控訴人国は、供託官が供託者からの供託物取戻請求を理由がないと認めて却下する行為は行政処分であり、右却下処分が権限のある機関によって取り消されるまでは供託者において供託物を取り戻すことができないと主張する。

しかし、控訴人は、先にみたとおり、本件において、選挙供託制度が違憲であると主張して、控訴人が兵庫県議会議員選挙に立候補するために平成七年五月一九日神戸地方法務局加古川支局に供託した六〇万円の供託金が供託の原因を欠き無効であるから、原状回復としての供託金の取戻を求めているのであって、このような場合、供託官に供託金の取戻請求をしてみても、供託官の審査権限からみて憲法違反の点について判断されないまま棄却されるだけであって、予め取戻請求却下決定に対する取消訴訟によって供託官の判断を求めなければならないということは相当でない。

被控訴人国は、供託物の取戻請求をする者が供託の無効原因として供託原因の違憲を主張しさえすれば、供託官の行政処分の取消を求める抗告訴訟によることなく、直ちに供託物の取戻を求める訴訟を提起し得ることになり、供託官に供託物取戻請求についての審査権限を与えた法の趣旨を没却することになると主張する。

しかし、本件のように供託原因の違憲無効及び選挙供託制度の違憲無効を主張して原状回復としての供託物の取戻請求をする場合、先にみたとおり、供託官の行政処分に対する抗告訴訟によることなく直ちに供託物の取戻を求める訴訟を提起することが許されると解したからといって、供託原因の存否を巡って争われる通常の供託物取戻請求について供託官に審査権限を与えた法の趣旨を没却することになるというものとはいえない。本件について、控訴人に供託物取戻手続を採るように要求することが控訴人に多大の負担を課することになって酷であり、供託官の不利益処分を受けた後これに関する訴訟で争うことによっては重大な損害を被るおそれがあるといった事情が認められないとしても、右判断が左右されるものではない。」

2  同一四枚目表五行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。

「国会議員、県議会議員その他の公職の選挙においては、選挙権及び被選挙権が有権者の自由な意思に基づき行使されることが、民主政治の健全な発展をもたらすものであるから、選挙権及び被選挙権の行使について有権者の自由意思に基づく行為は極めて重要なものである。しかし、被選挙権の行使については、過去の諸々の公職の選挙において、他の候補者と紛らわしい氏名による立候補、一連の番号による複数の者が意を通じてする立候補、主として商品や産物の宣伝を行う立候補、宗教その他の組織の力量を示すためだけの立候補、政治的主張や政策の提示を全く欠く立候補、公務員の身分を解くための立候補など、候補者本人の意図がどのようなものであるかを確定できないものの、公職の選挙として、客観的には、真に当選を争い、選挙活動を通して政治的主張をする意思がなく、選挙の妨害や売名等という国民又は住民の政治的意思の形成とおよそ無関係な目的を持つと評価せざるを得ない立候補がなされた事例があることは顕著な事実である。」

3  同一四枚目裏九行目の「そして、」を次のとおり改める。

「しかし、右のような公職の選挙の趣旨に反する不正な目的を持つ者であるかどうかの判断が極めて困難であるため、立候補届出時においてこれを規制することは相当でない。」

4  同一五枚目表五行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、選挙供託制度の目的は、自由かつ公正な選挙の実現にあるのではなく、被控訴人らの主張からすれば、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名等の目的を有する者を不正の目的を保持する者としてその立候補を防止、抑制ないし制限するための制度であると考えられるが、右のような不正の目的を持っているというだけで、事前に候補者から排除することは、内心の意思に基づき参政権の行使を制限するものであって許されないのであり、選挙供託制度の実際的意味は、無産者からの立候補をしにくくし、無産者の参政権の行使を阻害するところにあると主張する。

選挙供託制度は、町村議会議員の選挙を除く法所定の公職の選挙について、立候補に当たり候補者一律に法所定の金額又はこれに相当する額面の国債証書の供託を求め(供託は、候補者、推薦届出者、届出政党等による。但し、衆議院及び参議院の比例代表選出議員候補者については届出政党等による。)、選挙の結果、法九三条一項所定の得票数に達しなかったときはその供託金を当然に国庫又は当該地方公共団体に帰属させるものである。右の法の規定からみて、選挙供託制度は、公職の選挙が代表制民主主義の根幹をなすもので、自由かつ公正な選挙の実現は代表制民主主義が適正に機能するための不可欠の前提であることから、公職の候補者一律に供託を求め、選挙の結果極めて少数の得票を得るにとどまった候補者については、大方の有権者から支持が得られなかったことからみて、結果的に立候補が不適切であったと判断されて、供託金が国庫又は地方公共団体に帰属させられることになるというものである。このように、選挙供託制度は、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名等の目的を持って立候補する者に限らず、候補者一律に供託を求めているのであって、供託が選挙の妨害や売名等の目的を有する者の立候補を抑制し、候補者による選挙の妨害や売名等の活動を防止する事実上の効果を持つものであるが、内心に選挙の妨害や売名等の目的を有する者の立候補を制限することを直接の目的とする制度ではなく、選挙の妨害や売名等の不正の目的を持って立候補しようとしているというだけで事前に候補者から排除することを目的としているものでもない。又、供託すべき金額は県議会議員選挙については六〇万円(なお、衆議院、参議院の議員の選挙については三〇〇万円)と決して少なくない額であるが、憲法四七条により選挙に関する事項について合理的裁量権を有する国会が定めたものであり、金額からみて裁量の範囲内と解される。選挙供託制度は、自由かつ公正な選挙の実現のため、供託を求めることによって立候補について慎重な決断を期待しているのであって、その実際的意味が無産者からの立候補をしにくくし、無産者の参政権の行使を阻害するところにあるということはできない。」

5  同一五枚目表六行目から同裏二行目までを次のとおり改める。

「(二) 控訴人は、選挙供託制度が大正一四年の衆議院議員選挙法の改正によって、二五歳以上の生活困窮者を除くすべての男子に選挙権が与えられたため、有権者数の急増により、国体の変革と私有財産制の否認を目的とする結社や運動が急増することを恐れて、治安維持法の制定とともに、無産者に対する政治的弾圧を目的として導入されたもので、以来一度も廃止されたことがなく、沿革とは異なる制度目的に変更されたこともないままに今日に至っているから、その政治的弾圧を目的とする性格も承継されており、大正一五年に改正された府県制に基づく府県議会議員の選挙についても同様であると主張する。

しかし、公職選挙法は、単に衆議院議員選挙法の法律名を改めたものではなく、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議員及び長並びに教育委員会の委員の公選制度を確立するために、従来の各種選挙法令を統合して、昭和二五年四月一五日制定された議員立法であり、その後数次の大改正を経て今日に至っているものであって、大正一四年改正の衆議院議員選挙法や、大正一五年改正の府県制をそのまま承継したものではない。大正一四年の衆議院議員選挙法の改正によって取り入れられた選挙供託制度が公職選挙法においても規定されているからといって、公職選挙法は、国民が等しく参政権を有することを踏まえて、自由かつ公正な選挙によって国会及び地方議会の議員や地方公共団体の長を選出する方法を定めているのであって、無産者に対する政治的弾圧を目的とする性格を承継しているということはできない。」

6  同一五枚目裏六行目の「立候補を制限する手段として」とあるのを「立候補を直接に制限することが相当でないため、それに代わる手段として」と改める。

7  同一六枚目表末行の「政見放送、」及び「立会演説会、」を削除する。

8  同一七枚目裏五行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、選挙の妨害や売名等の不正な目的を有する者の立候補を事前に規制するために選挙供託制度を存置する必要性はなく、内心に選挙の妨害や売名等の不正な目的を持ち、かつそれを表明した者であっても、立候補を許し、選挙妨害行為についてのみ規制し、当落を選挙人団の投票による審判によって決することにすればよいと主張する。しかし、県議会議員はじめ公職の選挙が代表制民主主義の根幹をなすもので、自由かつ公正な選挙の実現は代表制民主主義が適正に機能するための不可欠の前提であることからすると、選挙を円滑かつ厳正に行うことは非常に重要な公共の利益であり、選挙妨害行為についてのみ規制し、その余の事柄を有権者の投票による審判に待つことは、自由かつ公正な選挙を確保せずに選挙を行うことに帰し、選挙権の適正な行使が害され、国民に等しく参政権を保障した憲法の趣旨に反するものということになる。

控訴人は、現行の選挙妨害行為の罰則規定以外に、不正の目的を保持して立候補した者が行いうる不正行為が想定できるのであれば、その行為態様を禁止事項或いは罰則規定として法に追加すれば足りることであり、立法技術的に容易なことであり、立候補に当たり供託を要求する必要性がないと主張する。しかし、自由かつ公正な選挙を実現するためには、違法行為が行われたことに対する罰則規定だけでは足りず、不正な行為が行われないようにする規制を定める必要性があることを否定できないものであるが、公職に立候補した候補者の活動におよそ公職の候補者の活動としてふさわしくなく、選挙の妨害や売名等が疑われるところがあるとしても、選挙の妨害や売名等の行為は態様がさまざまで類型化できず、それを個々的に網羅して規制する規定を定めることは困難である。選挙供託制度は、立候補の届出を受理するに当たっては、供託を求めるにとどめ、有権者の投票の結果を待って、極めて少数の得票を得るにとどまった候補者については、大方の有権者から支持が得られなかったことからみて、結果的に立候補が不適切であったとして供託金の没収をするものであって、参政権の行使を確保しつつ、自由かつ公正な選挙を実現する方策として必要性があると認められる。

控訴人は、選挙供託制度は、選挙妨害行為の規制を超えて、立候補そのものを制約するものであるから、必要最小限度の規制を超えているものであると主張する。しかし、先に述べたように、選挙供託制度は、選挙の妨害や売名等の不正な目的を有する者の立候補を事前に規制することができず、しかも選挙妨害行為の規制だけでは対処できないために設けられたものであり、必要最小限度の規制を超えているということはできない。」

9  同一九枚目裏一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、仮に選挙の公正を維持するために何らかの規制が必要であるとしても、選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を理由に立候補を規制することは、思想及び良心の自由に関わる問題であるから許されないと主張する。しかし、選挙供託制度は、選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を理由に立候補を規制することが思想及び良心の自由に関わる問題であり、立候補届出を受理する段階でこれを審査することは許されないから、これに代えて一律に供託を求め、有権者の投票の結果、得票数の少ない候補者について供託金を没収することによって選挙の妨害や売名等の目的のためにする立候補に事実上の制約を加えようとするものであるから、候補者の内心の意思を理由に立候補を直接に規制するものではない。控訴人は、選挙供託制度よりも、選挙の妨害や売名等の行為自体を規制する方が、基本的人権におけるより制限的でない規制を選択することになり、いわゆるLRA基準に合致するものであると主張する。しかし、先に述べたとおり、選挙の妨害や売名等の行為は態様がさまざまで類型化できず、それを個々的に網羅して規制する規定を定めることは困難であるから、控訴人の右主張は理由がない。

控訴人は、選挙における不正な目的という人の内心に属する事項を、これとは全く無縁の供託という経済的指標で判定することは矛盾であると主張する。しかし、立候補届出を受理する段階で選挙の妨害や売名等の目的という内心の意思を審査することはできないから、これに代えて候補者一律に供託を求めているのであるから、矛盾ということはできない。

控訴人は、供託させるとしても、他人の選挙の妨害や売名行為などをせず不正の目的の保持者でないことが選挙を通じて明らかになったときには選挙後に供託金を返還すれば、被控訴人らの主張でも選挙供託制度目的が達成されたことになる筈であると主張する。しかし、他人の選挙の妨害や売名行為などをせず不正の目的の保持者でないことが選挙を通じて明らかになったといっても、これをどのような機関がいかなる方法で判断することができるか困難な問題であり、その判断を誤れば国民の参政権の行使を侵害することになるから慎重を期するべきであり、右主張を採用することができない。

控訴人は、法定得票数という選挙供託制度の目的と無関係の要素によって供託金の返還の許否を決定することは矛盾であると主張する。しかし、供託金の没収は、右に述べたように、選挙終了後であっても、候補者が選挙の妨害や売名行為など不正の目的を持っていたことの判断が困難であるから、これに代えて得票数に示される有権者の判断に従って法定得票数に満たない得票の候補者の供託金が没収されるものであり、矛盾であるということはできない。

控訴人は、例えば、選挙の妨害や売名などの不正の目的がなく、選挙期間中そのような行為を行わなかった候補者が法定得票数の得票を得られずに供託金を没収され、右の目的を持ち選挙期間中にその行為をした候補者が法定得票数を超える得票を得たときは供託金の返還を受けられる結果となるが、極めて不合理であると主張する。しかし、代表制民主主義における有権者の意思は、選挙における得票数によってのみ決められるのであるから、供託金を没収するか返還するかの基準を得票数によって決するようにしているのは有権者の判断を尊重するものであり、これを不合理ということはできない。

控訴人は、選挙供託制度が、右の例のように、制度目的と効果との間にずれがあり、致命的な欠陥であると主張する。しかし、公職の選挙においては、得票数に示される有権者の判断を尊重することは当然のことであり、法定得票数を超える得票を得た候補者について供託金を没収しないことに問題はないというべきであり、選挙供託について制度目的と効果との間にずれがあるということはできない。」

10  同一九枚目裏末行の次に行を改めて、次のとおり付加し、同二〇枚目表一行目の冒頭の「5」を削除する。

「5 控訴人は、選挙供託制度は、少得票候補者を予測して泡沫候補という名称を貼ってその立候補を防止するための制度であり、有権者の投票による判定を待たずに事前に立候補を規制するものであって、参政権の行使を侵害するものであると主張する。しかし、選挙供託制度は、候補者一律に供託を求めるものであって、少得票候補者を予測して泡沫候補という名称を貼ってその者に対してのみ供託を求めるものではないから、少得票候補者を予測して立候補を防止する制度であるということはできない。

控訴人は、平成六年の法の改正によって、選挙供託の金額が一律に五割増額され、県議会議員選挙に立候補するには、改正前は四〇万円の供託で足りたものが、改正後は六〇万円の供託を要することになったが、供託金の一律五割増額を正当化しうる立法事実は一切存在せず、一挙に六〇万円に増額されたことの合理性はないと主張する。しかし、選挙に関する事項を定めることは、立法府である国会の合理的な裁量に任されているところ、法の改正により県議会議員選挙に立候補する場合に供託すべき金額を四〇万円から六〇万円に五割増額したことが裁量の範囲を逸脱しているということはできない。

控訴人は、選挙公営と選挙供託制度とは一体不可分のものとして、共に法定得票数に満たない得票の候補者を差別し、選挙における弱者を経済的負担と公金助成支出の両面から不合理に差別する制度であると主張する。しかし、選挙の結果、法定得票数の得票を得ることができなかった候補者について、選挙運動費用の公費助成を受けられないことがあるとしても、そのことのために、法定得票数の得票を得ることができなかった候補者について、供託金を返還しないことが違憲であるということにはならない。

控訴人は、平成六年に制定された政党助成法が当選人の所属する特定政党に対する公費助成を意味しており、一般的な被選挙人の助成ではなく、政党の目的及び活動範囲が国政のみか地方自治のみか、その双方を含むかによって態様に相違があるのに、国政選挙における当選人及び一定の当選人を出した政党にのみ、事後的に、その選挙の活動費その他及びその後の活動費を含めて公費による助成を行おうとするもので、国政政党と地方政党を差別し、特定政党とその他の政党・政治団体とを差別し、当選者と落選者を差別し、明らかに法の下の平等に違反し、選挙供託制度と相まって国民の参政権の行使を妨げるものであると主張する。しかし、仮に政党助成法に控訴人指摘の不合理な面があるとしても、政党助成法の問題点であるにすぎず、それによって、公職選挙法に基づく選挙供託制度が違憲であるということにはならない。」

二  よって、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、右と同旨の原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦 井土正明 横山光雄)

【参考】第一審(神戸地裁 平成七年(行ウ)第四一号 平成八年八月七日判決)

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求及び答弁

一 請求

被告らは、原告に対し、各自六〇万円及びこれに対する被告国は平成七年一〇月二四日から、被告兵庫県は同月二一日からそれぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 答弁

1 本案前の答弁(被告国)

被告国に対する訴えを却下する。

2 請求に対する答弁(被告ら)

主文一項と同旨

第二事案の概要

一 本件は、原告が、平成七年六月一一日執行の兵庫県議会議員選挙に立候補したが落選し、その得票数が法定得票数に達せず、立候補の際に供託した六〇万円を没収されたので、公職選挙法(以下「法」という。)九二条一項三号及び法九三条一項に定められた供託及び供託金の没収(以下、併せて「選挙供託制度」という。)が憲法に違反し無効なものであるとして、被告国に対して原状回復請求として、被告兵庫県に対して不当利得返還請求として、各自供託金相当額の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二 争いのない事実

1 原告は、平成七年六月一一日執行の兵庫県議会議員選挙に、高砂市選挙区から立候補し、同年五月一九日、法九二条一項三号に基づき、現金六〇万円を神戸地方法務局加古川支局に供託した。

2 平成七年六月一一日に行われた右選挙の高砂市選挙区の結果は、次のとおりであった(有効投票数三万六〇〇八票)。

当選 山本敏信  二万〇五八〇票

当選 前田清春    九一五五票

次点 北野美智子   五六〇八票

原告       六六五票

右選挙区における法九三条一項三号に定める法定得票数(当該選挙区内の議員の定数をもって有効投票の総数を除して得た数の一〇分の一)は、一八〇〇・四〇票であったので、原告の得票数は法定得票数に達しなかった。

3 そこで、被告兵庫県は、平成七年九月七日、原告が供託した六〇万円(以下「本件供託金」という。)が被告兵庫県に帰属することになったので、神戸地方法務局加古川支局に対し、本件供託金の払渡しを請求し、高砂市選挙区選挙長は、原告に対し、本件供託金の没収を通知した。そして、被告兵庫県は、同月二九日、本件供託金及びこれに対する法定利息九〇〇円を収納した。

三 争点

1 被告国に対する訴えは適法か。

2 選挙供託制度は憲法に違反するか。

(一) 立候補の自由を侵害するものとして憲法一五条一項に違反するか。

(二) 立候補者に供託義務を課すことは憲法一四条一項、一五条一項、三項に違反するか。

(三) 立候補者から供託金を没収することは憲法一三条、一四条一項、一五条四項後段に違反するか。

四 争点についての当事者の主張

1 争点1(被告国に対する訴えの適法性)について

(被告らの主張)

原告の請求は、供託の原因が憲法に違反し、無効であるとして、供託物の取戻しを求めるものと解される。

供託物の取戻しを受けようとする者は、供託所に対して一定の書類を添付して取戻しを請求すべきであり(供託法八条、供託規則二二条一項、二五条)、供託官は、右請求が理由がないと認めるとき、これを却下しなければならない(同規則三八条)。右却下処分に不服がある者は、監督法務局又は地方法務局の長に審査請求をすることができ、右監督機関等の長は、審査請求に理由があると認めるときは、供託官に相当の処分を命じることができる(供託法一条の四ないし七)。

これらの規定によれば、選挙供託の場合、供託官は、被供託者から供託物取戻しの請求を受けたときは、行政機関としての立場から、右請求につき理由があるかどうかを判断する権限があると解するべきである。

そうすると、選挙供託をした者は、まず、供託所に対して取戻しの請求をして、右請求が供託官によって却下された場合又はその却下決定について審査請求がされ、同決定が審査決定によっても維持された場合に限って、当該供託官を被告をして、その処分の取消しを求める抗告訴訟を提起することができると解するべきであり、これらの手続を経ずに直ちに国に対して供託物の取戻しを求める民事訴訟を提起することは許されないというべきである。

したがって、被告国に対する本件訴えは、不適法なものとして却下されるべきである。

(原告の主張)

被告国は、原告が、供託官を被告として、供託金取戻請求却下処分の取消しを求める抗告訴訟を提起すべきであると主張する。

しかし、本件訴えは、選挙供託及びその没収という公法上の法律関係に関する実質的当事者訴訟であり、抗告訴訟と実質的当事者訴訟のどちらを選ぶかは、原告が決めるべき事項である。

また、本件供託金は、法律の規定上取戻しが認められていないものであり、供託官は右規定の憲法適合性を判断することができないから、この取戻請求の適否について供託官に判断する裁量があると解することはできない。

したがって、本件訴えは適法である。

2 争点2(選挙供託制度の違憲性)について

(原告の主張)

公職選挙に立候補する者に選挙供託をする義務を課すことは、被選挙権の行使を一定以上の財産を調達できる者に制限するものであるから、参政権の行使における平等、公平の原則に違反し、法の下の平等を定めた憲法一四条一項、普通選挙を保障した憲法一五条三項に違反する。

仮に、選挙供託が合憲であったとしても、供託金の没収は、法定得票数に達しない落選者という社会的身分によって、没収という経済的制裁、強制約な財産の徴収又は選挙管理費用の出捐をさせるものであり、経済的関係において差別するものといえるから、憲法一三条、一四条一項に反し、選挙の結果によって公的又は私的に責任を問うものであるから、憲法一五条四項に反する。

(被告らの主張)

(一) 選挙供託制度は、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするにすぎない候補者の濫立を抑止し、自由かつ公正な選挙の実現を目的とするとともに、供託金等の国庫などへの帰属により、選挙公営の費用の一部を負担させるという趣旨も有している。

近年の選挙公営の拡大によって公職の立候補者が負担しなければならない選挙運動費用の軽減が図られたことから、いわゆる泡沫候補者の売名的濫立によって選挙が攪乱させられる可能性が増大し、選挙供託制度の存在意義はさらに大きなものになっている。

(二) 憲法四七条は、衆参両議院議員の選挙について、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は、法律でこれを定めるべきものとし、その具体的内容については何ら定めることなく、選挙制度の決定について専ら立法に委ねて国会に広い裁量権を与えている。

正当に選挙された代表者を通じて政治を行うという代表民主制においては、選挙を通じて国民の様々な利害や意見が公平かつ効果的に国政の運営に反映されなければならず、そのためには理論的な側面のみならず、現実的側面も考慮に入れた選挙制度を設ける必要がある。そこで、憲法四七条は、選挙制度の仕組みに関する具体的な決定を立法府であり国権の最高機関でもある国会の幅広い立法裁量に委ねたものと解するべきであり、このことは、衆参両議院議員の選挙のみならず、地方公共団体の議員や長の選挙制度についても同様である。

したがって、法律で定められた選挙制度が憲法に違反し、無効なものになるのは、それが明らかに合理的理由を欠き、立法府の裁量権の濫用、逸脱となる場合に限られるというべきである。

(三) 選挙供託制度は、自由かつ公正な選挙を実現するために公職選挙法によって認められた制度であって、前記のとおり合理的な理由があり、国会に与えられた裁量権を逸脱しておらず、憲法に違反するものではない。立候補の自由は重要な基本的人権の一つであるが、決して無制限なものではなく、合理的な制限を受けることは当然である。

(四) 原告は、選挙供託が憲法一四条一項、一五条三項に違反すると主張する。しかし、選挙供託には前記の通り合理的な理由があるし、供託額の程度や、選挙の結果有権者から一定の支持を受けた場合には供託金が返還されることからみても、財産による差別とはいえず、憲法一四条一項、一五条三項に違反するとは到底いえない。

また、原告は、供託金等を国庫などに帰属させることが、憲法一三条、一四条一項、一五条四項に反すると主張する。しかし、選挙の自由かつ公正を確保するために、法定得票数に達しない者の供託金を国庫などに帰属させることは、その供託額からみても前記の規定に違反するとはいえず、そもそも、憲法一五条四項は、選挙人の投票の秘密に関する規定であり、立候補者に関して適用する余地はない。

(被告らの主張に対する原告の反論)

(一) 被告らは、選挙供託制度の目的を、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするにすぎない候補者の濫立を抑止し、もって自由かつ公正な選挙を実現することにあると主張する。

しかし、大正一四年に選挙供託制度が導入された当時、このように候補者が濫立するような状況はなかったのである。選挙供託制度を廃止することにより立候補者が急増することは予想されるが、それはこの制度が立候補を制限するものとして機能していたことを証明するものである。

また、選挙供託を廃止することにより立候補者が急増することをもって、濫立ということはできないし、急増した立候補者を、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするにすぎない者と評価することはできない。立候補者が真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするかどうか、濫立かどうかという評価は、主観的なものであり、恣意的なものにならざるを得ない。

現に、原告には選挙の妨害や売名という目的はなく、選挙に関する報道において、原告が他の候補者に比べて不公正な扱いを受けた結果、原告は法定得票数に達する得票数を得ることができなかったのである。

仮に、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名の目的をもって立候補した者であっても、その立候補を許し、選挙によってこのような目的を持つ者が排除されるのが健全な参攻権行使のあり方である。

また、選挙供託制度によれば、供託金を提供した者が立候補できるのであるから、経済力があるが、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的をする者に対して、この制度は無力である。選挙供託制度は、無産者のみがこのような内心を持つ立候補者であるとの前提に立つものであり、無産者に対する差別である。

したがって、選挙供託制度は、自由かつ公正な選挙を実現するものということはできない。

(二) 被告らは、選挙供託制度には、供託金等を公庫等に帰属させることにより、選挙公営の費用の一部を供託者に負担させるという趣旨もあると主張する。

しかし、選挙公営費用は、そのほとんどが立候補者の当落が確定する以前の手続に関する費用であり、立候補者の当落の結果によって変動するものではなく、個々の立候補者によって費用が変わるものではない。

このようにみると、選挙公営の費用は、立候補者全員により平等に負担されるべきものであり、得票数の多少によって、この費用を負担する者と負担しない者とを区別する合理的理由はない。

したがって、供託金の没収は、一定の得票数を得られなかったという社会的身分によって、没収という経済的制裁を設けて差別するものであるから、憲法一四条一項に違反することは明らかである。

(三) 被告らは、選挙公営の拡大によって公職の候補者が負担しなければならない選挙運動費用の軽減がはかられたことから、泡沫候補者の売名的濫立によって選挙が攪乱させられる可能性が増大すると主張する。

しかし、選挙公営の拡大は、その実態は政党助成の拡大であり、選挙供託金の値上げは、政党に属さず、政党助成を受けられないような法定得票数を得られない者から、政党助成の費用を徴収しようとするものにすぎず、右の者の参政権の行使を妨げるものである。

少ない得票数が予想される者の中には、政治的活動の一環として立候補する者も多いのであるから、被告らの右主張は、このような者を一律に泡沫候補者として差別し、売名的な者として排除しようとしていることを示している。少ない得票数で落選した者の少なくとも大部分が売名的な目的を有していることを裏付ける事実はなく、また、選挙が攪乱されることの具体的意味は説明されておらず、その可能性が増大したことを裏付ける事実もない。

(四) 被告らは、法律で定められた選挙制度が憲法に違反し、無効になるのは、明らかに合理的理由を欠き、立法府の裁量権の濫用、逸脱になる場合に限られると主張する。

しかし、立法府がその裁量権を行使する場合であっても、特に選挙制度などの国民の参政権に関わる立法においては、当該立法を正当化しうる立法事実があるかどうかを具体的に検討した上で、これに対処する合理的かつ効果的なものであって、しかも、国民の権利行使を制限する場合は、それが必要かつ最小限度のものであることが、憲法上要請される。精神的自由権は、政治参加の場面においては、参政権の保障に奉仕するものであるから、精神的自由権と同様に、LRA基準(より制限的でない他の選びうる手段の基準)により、立法裁量の範囲内かどうかを判断すべきである。

選挙供託制度は、立法事実を前提にしておらず、LRA基準にも違反しているものであるから、立法裁量を逸脱し、違憲であることは明らかである。

第三争点に対する判断

一 争点1(被告国に対する訴えの適法性)

1 本件訴えは、原告が被告らに対して、公職選挙法に基づいて没収された選挙供託金の返還を求めるものであり、法律により課された公法上の義務を争うものであるから、公法上の当事者訴訟(行政事件訴訟法四条)であると解されるところ、被告らは、本件のような場合は供託官のした返還請求却下決定の取消訴訟によるべきであると主張するので、検討する。

2 選挙供託制度は、法九二条により公職選挙に立候補する者に対して、一定の金額の供託を義務づけ、法九三条により法定得票数に達しなかった等の場合にその供託金を没収して、国庫等に帰属させるものである。これは、供託並びに供託金の没収又は返還を円滑かつ簡易迅速に行うために、これらの事務を国家機関である供託官が行う供託事務によることにした上で、供託官が選挙供託をした者から供託金の返還請求を受けた場合には、行政機関としての立場から右請求について理由があるか否かを判断する権限を供託官に与えたものと解される。

そこで、行政機関である供託官は、選挙供託をした者から供託金の返還請求を受けた場合、公職選挙法や同施行令等に定められた返還請求の要件を充たすかどうかについて審査することができるが、右法令で定められた選挙供託制度が憲法に違反するかどうかの点については審査することはできないというべきである。

このようにみると、本件において、原告は、被告国に対して、国会が制定した法律により定められた選挙供託制度について、憲法に違反し、無効であるとして、供託金相当額の返還を求めているのであって、仮に供託官のした返還請求却下決定に対する取消訴訟によらなければならないとすれば、前記の供託官の審査権限からみて、憲法違反の問題については判断されずに取消請求が棄却されることになるが、このような事態は、抗告訴訟の他に公法上の当事者訴訟を認めることにより公法上の権利関係の存否を争う途を設けた行政事件訴訟法の解釈としておよそ適切とはいえない。

3 したがって、原告の被告国に対する本件訴えは、公法上の当事者訴訟として適法なものというべきであり、被告らの右主張を採用することはできない。

二 争点2(選挙供託制度の違憲性)について

1 憲法一五条一項は、選挙権が基本的な人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権又は立候補の自由については特に明記はしていない。

しかし、選挙は自由かつ公正に行われるべきものであり、このことは民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請であり、選挙人は自由に表明する意思によってその代表者を選ぶことにより自ら国家又は地方公共団体等の意思の形成に参与するのである。そこで、仮に、被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当な制約を受けることがあれば、選挙人の自由な意思の表明が阻害され、自由かつ公正な選挙の本旨に反することになる。

このようにみると、憲法一五条一項は、立候補の自由についても重要な基本的人権として保障していると解するのが相当であり、これに対する制約は慎重でなければならない。

2 しかし、他方、選挙権は国民の重要な基本的権利であるから、選挙の自由、公正は厳格に保持されなければならないというべきであるところ、憲法四七条は、選挙に関する事項について法律で定めるものとしている。これは、選挙が自由かつ公正に行われるためには、我が国の実情に応じた選挙制度を設ける必要があり、そのために選挙制度の具体的な決定を原則として国会の裁量的権限に任せる趣旨であると解される。

そこで、立候補の自由に対する制約が認められるかどうかは、その制約の目的、内容、必要性、これによって制限される立候補の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較衝量した上で慎重に決定するべきである。この場合、第一次的には立法府の権限と責任において決するべきであり、裁判所としては、制約の目的が公共の福祉に合致すると認められる場合は、立法府の判断を尊重すべきであるが、その判断が合理的裁量の範囲内にあるかどうかについて、具体的な規制の目的、方法等の性質と内容に照らして、これを決することができるというべきである。

選挙供託制度は、公職選挙に立候補する者に対して一定の金員の供託義務を課し、そのうち法定得票数を得られなかった者等からこの供託金を没収するものであり、立候補の自由という重要な基本的人権を制約するものであるから、立法府の判断が合理的裁量の範囲内であるとして、その合憲性を肯定するためには、重要な公共の利益のために必要最小限度かつ合理的な措置であることを要するというべきである。

3 まず、選挙供託制度の目的について検討する。

(一) 公職選挙法の目的は、選挙人の自由な意思の表明による公明かつ適正な選挙を行うことによって、民主政治の健全な発達を期することにある(一条)。

そして、真に当選を争い又は選挙活動を通して政治的主張をする意思がなく、選挙の妨害や売名等という国民又は住民の政治的意思の形成とはおよそ無関係な目的を持つ者が選挙に立候補し、このような不正な目的に基づいて選挙活動を行うとすれば、他の立候補者が選挙活動を十分に行うことができなくなったり、立候補者の行う選挙活動の力点が政治的主張をして投票を呼びかける等の選挙活動本来の行為からずれたり、当該選挙における争点が混乱したりする等の弊害が生じるおそれがある。このことは、選挙人の自由かつ公正な意思が形成されず又は選挙人の自由かつ公正な意思が選挙に反映されなくなるおそれを生じさせるものであり、しかも、このような不正な目的を持って選挙活動を行う者が多数になればなるほどこれらの弊害が生じるおそれは高くなる。

そこで、このような選挙の趣旨に反する不正な目的を持つ者について、立候補者としての選挙活動を防止することは、公職選挙法の目的である選挙人の自由かつ公正な意思の形成、ひいては選挙の自由かつ公正を保障することに資するものといえる。そして、選挙供託制度は、立候補の際に一定の金員の供託義務を課し、そのうち法定の得票数に達しなかった者等から供託金を没収するものであり、このような不正な目的を持つ者が選挙に立候補して、この目的に基づく行為をすることを防止する効果を持つことは容易に認められる。

したがって、選挙供託制度の目的は、選挙人の自由かつ公正な意思の形成、ひいては選挙の自由かつ公正という重要な公共の利益にあるというべきである。

(二) 原告は、選挙供託制度が、大正一四年ころに法律(衆議院議員選挙法)が改正され、選挙人資格者が増えて、立候補者が急増することが予想されたことから、このような者が政治的活動を行うのを弾圧するために制定されたものであり、現在においても同様である旨主張する。しかし、前記のとおり、選挙供託制度が公職選挙法の目的に資するものであることに照らすと、沿革から直ちに現在における選挙供託制度の目的が政治的活動に対する弾圧であるということはできない。原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、選挙供託制度が、少数の得票数しか得られない者の全部又は大部分を売名的な泡沫候補と決めつけて、これをあらかじめ排除しようとするものであると主張する。しかし、前記のとおり、選挙供託制度は、選挙妨害や売名等を目的とする者の立候補を制限する手段として、立候補者に供託義務を課し、そのうち法定得票数に達しない者等から供託金を没収するものであるから、このことから直ちに、被告らが法定得票数に達しない者を選挙妨害や売名等を目的とする者として排除しようとしているということはできない。原告の右主張も採用できない。

なお、被告らは、供託金の国庫等への帰属により、選挙公営の費用の一部を供託者に負担させるという趣旨があると主張する。しかし、立候補者のうち法定得票数に達しなかった者等だけに選挙公営の費用を負担させる理由を合理的に説明することはできないのであるから、選挙公営の費用の一部を供託金で負担することをもって立候補の自由に対する制約を正当化することはできない。

4 次に、都道府県議会議員選挙における選挙供託制度の必要性について検討する。

公職選挙法は、都道府県議会議員の選挙の立候補者に対して、選挙期間中に、法令で定められた一定の規制の下で、ポスターの掲示、自動車や拡声器などを利用した戸外での演説や連呼行為、選挙人への葉書の送付、立候補者の選挙公報や新聞広告の掲載、政見放送、街頭演説、立会演説会、個人演説会の開催等の選挙活動を行うこと及びこれらの経費の一部について選挙公営の費用として補助をすることを認めている。

これらの規定によると、真に当選を争い又は政治に関する主張をする意思がなく、選挙の妨害や売名等を目的にする者が公職選挙に立候補するとすれば、選挙活動の名目の下に選挙活動本来の目的とおよそ無関係な行為が、立候補者に認められた前記の様々な手段を利用して行われるであろうことは容易に認めることができるのであり、このような行為により選挙人の自由かつ公正な意思の形成、ひいては選挙の自由かつ公正が害されるおそれがあることは明らかである。

そして、このような不正な目的を持つ立候補者の行為によって一旦選挙の自由かつ公正が害されれば、選挙期間中にこれを回復することは極めて困難であるから、一定の要件の下にこのような活動が行われることを事前に防止することが必要というべきである。

この点に関して、公職選挙法は、立候補者による選挙の自由、公正を害するような選挙活動について様々な禁止規定や罰則を設けている。しかし、これらの規定は不正な方法による選挙活動を対象とするものであって、この規定に反しないような方法で選挙の妨害や売名等の不正な目的とした行為をすることによっても、選挙の自由や公正が害されるおそれは依然として存在する。そこで、これらの不正な目的を持つ者が立候補をすることを一定の限度で制限することは、自由かつ公正な選挙という目的を実現するために必要というべきである。

そして、公職選挙に立候補する際に一定の金員を供託させ、一定の要件でその供託金を没収することは、一定の経済的負担を覚悟させることにより、不正な目的を持つ者が立候補することを抑制する効果があり、他により制約の少ない方法でこのような者の立候補を抑制する方法は認められないのであるから、選挙供託制度は、不正な目的を持つ者が公職選挙に立候補するのを抑制するために必要最小限度の方法であるというべきである。

5 さらに、都道府県議会議員の選挙供託制度の合理性について検討する。

(一) 公職選挙に立候補する際に一定の金員を供託させることは、立候補しようとする者に一定の経済的負担を課すことにより立候補の自由を制約するものであり、その供託額を極めて高額にすれば、立候補の自由を事実上否定するに等しくなる。

しかし、他方、選挙の自由、公正を害するような不正な目的を持つ者が立候補するのを抑制するためには、供託金額を余りに低い額にすることは相当でない。実際、都道府県議会議員の選挙における六〇万円という供託金額は、一般的にみて立候補の際に供託することが著しく困難な額とまではいえない。

(二) また、法定得票数に達しなかった者等は供託金を没収されるのであるから、この没収の対象となる者の範囲を極めて広くすれば、立候補の自由に対する制約の度合いは高くなる。

しかし、他方、没収の対象となる者の範囲を狭くすればするほど、没収という経済的負担を課すことにより、選挙の自由、公正を害するような不正な目的を持つ者の立候補を抑制するという効果が低くなることも考慮しなければならない。

そして、都道府県議会の議員の選挙における法定得票数は、有効投票数の総数を当該選挙区内の議員定数で除した数の一〇分の一であり、本件の選挙について、最下位の当選者の得票数が九一五五票、法定得票数が一八〇〇・四〇票あることからみて、選挙の結果法定得票数に達しなかった者が、選挙の状況によって当選したかもしれない可能性は極めて低いといえる。他方、法定得票数に達した者は、他の没収要件に該当しない限り、供託金全額の返還を受けることができるのである。

(三) 原告は、供託金の没収が、真に当選の意思があり又は政治的主張をする意思があるが、得票数が少ないと予想される者に対して特に立候補をすることを制約するものであるから、不合理であると主張する。

しかし、立候補の届出を受ける段階で、立候補の届出をしようとする者について、その者が選挙の妨害や売名といった不正な目的を持つ者かどうかを一々事前に判断することは極めて困難であり、このような目的で立候補する者は、一般的にみて得票数が極めて低く、当選する可能性が客観的にみてほとんどない。他方、得票数が極めて少なかった者は、選挙の状勢によって当選する可能性も極めて少ないといえるのであり、このような者が国民や住民に対して政治的な主張や行動をする手段は、選挙に立候補する以外にも様々な方法により認められている。

したがって、選挙の自由かつ公正という重要な公益を実現するために必要かつ合理的な方法で、立候補すれば得票数が極めて少なくなることが予想される者に対して、供託金を没収されるおそれがあることによって、その立候補の自由を制約することも認められるというべきである。原告の右主張を採用することはできない。

(四) また、原告は、選挙供託制度は、供託金を容易に払える者に対しては立候補を防止する手段にはならないと主張する。しかし、このことは立候補者に経済的負担を課すという選挙供託制度の性質に当然に伴うことであり、不正な目的を持って立候補することを防止するために他に適切な方法は認められないのであるから、このことから直ちに選挙供託制度が不合理であるということはできない。原告の右主張も採用することはできない。

(五) 以上のとおり、立候補の自由に対する制約の目的、内容、必要性、これによって制約される立候補の自由の性質、内容及び制限の程度を総合考慮すると、都道府県議会議員に関する選挙供託制度は合理的な措置というべきである。

5 よって、都道府県議会議員選挙における選挙供託制度は、立候補の自由を規定した憲法一五条一項に反しない。

6 原告は、公職選挙に立候補する際に一定の金員等を供託させることは、一定の財産を有しない者の立候補を制限するものであり、平等原則を定めた憲法一四条一項、普通選挙を定めた憲法一五条三項に違反すると主張する。

しかし、憲法一四条一項は、事柄の性質に応じて、合理的な根拠に基づくものでない限り差別的な取り扱いをすることを禁止したものである。そして、自由かつ公正な選挙を実現するために、憲法四七条により選挙制度について立法府の合理的裁量が認められていることに照らすと、憲法一五条一項に定める立候補の自由に対する制約として必要かつ合理的な措置であり、立法府の合理的裁量の範囲内といえる場合には、憲法一四条一項に反しないというべきである。

また、憲法一五条三項は、公務員の選挙において成年者による普通選挙によるべきことを規定しているが、これは、一定額以上の財産を有すること等を選挙権の要件とする制限選挙を禁止したものにすぎず、公務員の選挙に立候補する者について、合理的な理由により法律でこれを制約することを許さない趣旨でないことは明らかである。

そして、選挙供託制度が、立候補の自由に対する制約として、立法府の合理的裁量の範囲内での措置であり、憲法一五条一項に反しないことは前記のとおりである。

したがって、公職選挙に立候補する際に一定の金員を供託させることは、憲法一四条一項、一五条三項に反しないというべきであり、原告の右主張を採用することはできない。

7 また、原告は、法定得票数に達しない者等から供託金を没収するのは、経済的関係において差別するものであるから、憲法一三条、一四条一項に違反し、選挙の結果によって公的又は私的に責任を問うものであるから、憲法一五条四項に違反すると主張する。

しかし、憲法一三条は、憲法一四条以下の規定で個別的に保障されていない自由又は権利について保障した規定と解されるのであって、原告は、憲法一四条以下の規定で保障されない自由又は権利を侵害されたとの主張をしていないのであるから、憲法一三条に違反するとの主張は失当である。

憲法一四条一項に違反するとの主張については、前記4(三)で判断したとおり、供託金の没収が憲法一五条一項に反しない合理的な制約である以上、採用することはできない。

また、憲法一五条四項は、選挙人の投票の秘密を保障したものと解されるのであって、公職選挙に立候補する者に対して一定の制約を課したとしても、選挙人の投票の秘密を侵害しないことは明らかである。

したがって、法定得票数に達しない者等から供託金を没収することは、憲法一三条、一四条一項、一五条四項に違反しないのであり、原告の右主張も採用することはできない。

8 以上のとおりであって、都道府県議会議員選挙における選挙供託制度は、憲法に違反し、無効なものであるということはできないから、原告は、被告らに対して、本件供託金相当額の返還及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めることはできない。

第四結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由のないものであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻忠雄 下村眞美 細川二朗)

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